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TEAM

日本製紙クレインズ

チーム概要

正式名称日本製紙クレインズ
チーム所在地084-0906 北海道釧路市鳥取大通2-4-2
ホームアリーナ日本製紙アイスアリーナ
ユニフォームカラーホーム:黒 / ビジター:白
公式サイトhttp://www.nipponpapergroup.com/cranes/
チーム沿革

1949年十条製紙アイスホッケー部が釧路工場に誕生した。1974年の第9回日本リーグから加盟。1993年に日本製紙と社名変更したのに伴いチーム名も日本製紙クレインズと改名された。リーグ加盟後は低迷期が長く続いたが、アジアリーグ2003-2004でチーム初のビッグタイトルとなる優勝を飾り、アジアリーグの初代チャンピオンに輝いた。以降全日本選手権6回、アジアリーグ4回を制している。ホームタウンである釧路はトップリーグで活躍する一流選手と多くの指導者を輩出し、イーグルスのホームタウンである苫小牧とともに日本のアイスホッケー界をリードしてきた。

ホームタウン

北海道釧路市
釧路はむかしクスリとよばれ、アイヌの人々が川岸にコタン(集落)をつくり生活していました。今から350年ほど前、松前藩が「クスリ場所」と呼ぶ漁場を開設し、明治3年には、当時の政府の方針に沿って、元クスリ場所請負人の佐野孫右衛門が、函館や東北地方から174戸(637人)を移住させるなど、この地域への定住者は次第に増えはじめました。その後、明治23年には釧路港が特別輸出港に指定され、石炭や木材の積み出しが盛んとなり、明治33年には人口が1万人を超え、町制が敷かれました。大正11年には、札幌・旭川などとともに市制が施行されましたが、当時の人口は4万人余りに過ぎませんでした。太平洋戦争による苦難の後、昭和24年には、隣接する鳥取町との合併を果たし、昭和20年から30年代にかけては水産・製紙・石炭の三大基幹産業が市勢発展のけん引力となって、全国的にも注目を浴びる成長を遂げ、東北海道の拠点都市となりました。
 平成17年10月11日に阿寒町、音別町と新設合併し、人口約19万5000人の新釧路市としてスタートしました。